5月 16 2012

日本の経済政策

Category: 国民所得倍増計画が残したものadmin @ 5:53 AM

国民所得倍増計画とは、昭和35年(1960)に、内閣総理大臣に就任した、池田勇人が、大蔵省の官僚時代から、抱いていた構想、「国民所得倍増」を実施した政策です。この政策は10年以内に、国民の所得を倍増することでした。その具体的な方法については、本文に譲ります。

彼の前後に就任した首相達は、日本の経済政策に対しては静的でしたが、日本の国民を信じて積極的に押し進めました。見方によっては、大きな賭けでした。国民もまた彼を信じて、付いて行きました。

彼は病魔に侵され、日本が世界第二位の、経済大国になったことを知らずに、この世を去りましたが。彼の目標とした、10年より早い、7年後には、国民所得は倍になりました。その結果国民の生活水準は向上し、いまでは至極当たり前になっている、鉄筋コンクリート造で、そこには、水道と水洗便所が完備された、住宅が国民に提供されました。

池田首相の、後を引き継いだ、佐藤内閣も、この政策を押し進めましたが。財政法で、原則として禁止されている、赤字国債を、一年限りの特例法を制定し、戦後初めての、赤字国債を、発行しました。この手法は、その後の内閣にも、受継がれ、税収の少ないときには、赤字国債が発行さました。これが平成6年(1994)からの、18年間は毎年発行され続けています。借金の返済を、次世代に先送りしています。好ましいことではありません。また、生産を急ぐあまり、深刻な公害が起き、また都会で、不足した労働力を、供給した農山村では、人口の減少が続き、各地に限界集落が発生し、ここで生活することが、困難になって来ています。

この「国民所得倍増計画」を、先頭に立って推進した、池田首相の言動いろいろあって、話題の多い憎めない人でした。

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