7月 22 2012

生活水準の向上

Category: 国民所得倍増計画が残したものadmin @ 8:59 AM

戦後の住宅難は深刻でした。国はこの解消にも、乗出しました。国民の誰もが、耐震性や耐火性に優れた、鉄筋コンクリート造の、住宅に住むことが、出来るようになったのも、この時代からです。これまでも、昭和30年(1955)から、鉄筋コンクリート造の建物は、建設されていましたが。この頃からは大規模な、住宅団地の建設が、始まりました。

この鉄筋コンクリート造の住宅は、限られた、予算の中で、大量に建設しなければならないので、法が許す範囲内で、ギリギリの設計で建設されました。団地サイズの誕生です。1間=6尺=1.818mを1.8mにしました。次は、エレベータがいらない、5階建としました。建築面積を減らすために、遊休になりがちな、廊下を止めて、階段から直に、住居に入れる階段型にして、住居のタイプも。右タイプと左タイプの、2種類だけで、それで、図面を裏から見れば、どちらも使えるようにして、設計の費用も節約しました。

この建物で、みんなが、驚いたのは、水洗便所が設置されていることでした。その頃は、誰でも利用できる、水洗便所があるのは大都市の真ん中にある、デパートぐらいでした。外を見ると、田園風景が拡がっているのに、中は、近代的な設備が、施されていたのでした。当然団地は、三種の神器を持ってここに住むのが、都会に住むサラリーマンの憧れとなりました。通勤に便利な団地では、競争率が、二十倍を超えたところも、珍しくありませんでした。

ところが団地を、建設出来る、安い広大な土地を、確保出来ても、そこには、まだ上下水道に敷設の計画が、ない所ばかりでした。上水道は、深井戸を、掘って対処し、下水道は、団地の外れに、下水処理場を設置して、下流に農地に支障をきたさないように、処理をしてから、近隣の河川に、放流しました。処理場を建設すると、そのランニング・コストを考えたとき、そこを使用する、団地住民の人口多いほど、有利なので、さらに広大な土地に、建設されるようになりました。これは、最寄り駅から、どんどん離れることを、意味しています。

入居者は、勤め先まで通勤する、サラリーマンが、対象でしたが、交通事情は、建設地選定の、条件にはなっていませんでした。住宅の中に設置されている、ステンレス流し、ユニットバス、換気扇などは、この住宅のために、それぞれのメーカーが、開発しました。

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